再見? 永別?
TBSラジオ北京オリンピック記者だった・・・藤田です。早朝に北京を発ち、夕方には赤坂で通常の勤務に戻っておりました
1ヶ月近く北京に滞在したのですが、すんなりとラジオスポーツにカムバック~自分でも変な感覚なのですが![]()
宿泊していた北京フレンドシップ・ホテルの朝食会場に向かう途中で、いつも同じ場所にいました警備の女の子です
このホテルに長くいましたが、ホテルの警備員や従業員を含めて他にも何人かはいましたが、我々と接するうちに、だんだん打ち解けてくる雰囲気が出て来て、笑顔で挨拶をするようになった女の子でした![]()
私が中国にいて、最後まで違和感を感じたこと。
これだけ毎日顔を合わせるようになれば大概は徐々に馴れてきて数日すれば、笑いながら挨拶するようななるもんですが、このホテルでは最後までそういう人は少なかったです~フロントの女性、ハウスキーパーの女の子、普通の従業員の女の子、当然のように毎日ホテルから出るときや帰るときに会うのですが、最後まで挨拶するときの目は笑っていませんでした![]()
ここに中国の持つもう一つの顔を見たような気がしました
さて、朝6時30分にフレンドシップ・ホテル発で北京交際空港行きのバスに乗り込もうとしましたら、なんと私は中国に来て初めてお話をした~このブログの第1回に登場して頂きました~雪泳ちゃんに奇跡的な再会を果しました![]()
8月1日に私がたった一人でバスに乗って空港からホテルに向かったことを憶えていてくれました~
雪泳ちゃんも8月1日がバスガイドとしてのボランティアの初日だったようで、坊主なこともあり私のことは記憶に残っていたようです
ほぼ1ヶ月のボランティア期間中で外国人ばかりと話しているうちに英語はかなり上達したようで、日本語も少し話せるようになっていました。若いって素晴らしいとまたまた、凹んだ藤田でした![]()
30分毎にホテルから各所に出ているバスで、最終日に偶然会うというのも本当に不思議な感覚がしました~
メルアドを教えてくださいといわれましたので教えておきましたが、たぶん英語ですよね??
帰国する便は、アクレディ(首からぶら下げているオリンピック期間中のパス)をしていると恐ろしくスムーズに手続きができましたが、ここにも中国の意地を見たような気をします~最後に、少しばかり残っていた中国元を使い切るためにお土産屋さんへ
お菓子を買って、海外へ出張・遊びも含めて殆んどキッチリと現地も通貨を使いました~残ったのは15元(260円くらい)でした。
この一生懸命、私へお菓子の売込みをしていた女の子も日本語がなかなか堪能でした
ソ連もモスクワ・オリンピック後、10数年を経て崩壊しました。さて、北京オリンピックから10数年後、中国はどのようになっているのでしょうか?最後に出会ったこの女の子そして各会場で出会って私と写メを撮らせてもらった女の子達が社会に進出してくる時代~
はてはて私的には中国は再見ですが、北京は永別?って感想です![]()
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スポーツジャーナリスト




















