2008年8月26日 (火)

再見? 永別?

TBSラジオ北京オリンピック記者だった・・・藤田です。早朝に北京を発ち、夕方には赤坂で通常の勤務に戻っておりました1ヶ月近く北京に滞在したのですが、すんなりとラジオスポーツにカムバック~自分でも変な感覚なのですがPhoto_2

宿泊していた北京フレンドシップ・ホテルの朝食会場に向かう途中で、いつも同じ場所にいました警備の女の子です

このホテルに長くいましたが、ホテルの警備員や従業員を含めて他にも何人かはいましたが、我々と接するうちに、だんだん打ち解けてくる雰囲気が出て来て、笑顔で挨拶をするようになった女の子でした

私が中国にいて、最後まで違和感を感じたこと。

これだけ毎日顔を合わせるようになれば大概は徐々に馴れてきて数日すれば、笑いながら挨拶するようななるもんですが、このホテルでは最後までそういう人は少なかったです~フロントの女性、ハウスキーパーの女の子、普通の従業員の女の子、当然のように毎日ホテルから出るときや帰るときに会うのですが、最後まで挨拶するときの目は笑っていませんでした

ここに中国の持つもう一つの顔を見たような気がしました

Photo_3 さて、朝6時30分にフレンドシップ・ホテル発で北京交際空港行きのバスに乗り込もうとしましたら、なんと私は中国に来て初めてお話をした~このブログの第1回に登場して頂きました~雪泳ちゃんに奇跡的な再会を果しました

8月1日に私がたった一人でバスに乗って空港からホテルに向かったことを憶えていてくれました~

雪泳ちゃんも8月1日がバスガイドとしてのボランティアの初日だったようで、坊主なこともあり私のことは記憶に残っていたようですほぼ1ヶ月のボランティア期間中で外国人ばかりと話しているうちに英語はかなり上達したようで、日本語も少し話せるようになっていました。若いって素晴らしいとまたまた、凹んだ藤田でした

30分毎にホテルから各所に出ているバスで、最終日に偶然会うというのも本当に不思議な感覚がしました~

メルアドを教えてくださいといわれましたので教えておきましたが、たぶん英語ですよね??

Photo_2

帰国する便は、アクレディ(首からぶら下げているオリンピック期間中のパス)をしていると恐ろしくスムーズに手続きができましたが、ここにも中国の意地を見たような気をします~最後に、少しばかり残っていた中国元を使い切るためにお土産屋さんへ

お菓子を買って、海外へ出張・遊びも含めて殆んどキッチリと現地も通貨を使いました~残ったのは15元(260円くらい)でした。

この一生懸命、私へお菓子の売込みをしていた女の子も日本語がなかなか堪能でしたソ連もモスクワ・オリンピック後、10数年を経て崩壊しました。さて、北京オリンピックから10数年後、中国はどのようになっているのでしょうか?最後に出会ったこの女の子そして各会場で出会って私と写メを撮らせてもらった女の子達が社会に進出してくる時代~

はてはて私的には中国は再見ですが、北京は永別?って感想です

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2008年8月25日 (月)

最終章:それでもなんとか北京で開催しました

北京オリンピック記者の鳥山です

P8241270_s このエントリは東京にて書いています

戻ってまいりました

P8251306_s 北京空港では

ブラジルやポーランド 南アフリカの代表選手や

わたくしのような各国の記者をとりまくように 1000人単位の警備係がスタンバイ

P8251315_s ものすごくジロジロ見られた上に

このIDを首から提げていないと いろんなところを通れません

空港も五輪施設と同じ感覚です

このID 文庫本ほどの大きさで軽いものですが

それでも一日つけていると夜にはすっかり肩こりになっています

さて

なんとか仕事を終えて日本に戻ったわけですが

今回の滞在で感じたことは

「これって『北京』オリンピックといえるのか?」ということ

前のエントリでも書きましたが 

オリンピックの競技場 周辺施設 メディア用施設 メディア用ホテルには

すべてセキュリティ・ゲートが用意されており

ホテルの中でチェックを受けてから

途中で降りることは許されないバスに乗って各施設を回るという厳重ぶり

P8231208_s

この先のところにバスが来て乗り込みます

タクシーや電車でも競技場には行けますが

ゲートが一つだったりして とんでもない距離を歩かなくては入れません

そしてその周りの道路や人工的な植え込みには

歩哨の兵隊が立っていたりしてゲンナリな日々でした

P8170899_s マラソンのスタート地 天安門広場に向かうバスの車窓

このように 容赦なく通行止めを実施し 強制的にバリアを実現

P8211118_s P8241249_2_s

北京で開催されたというより

どこか広いところに隔離された施設を作って実施した五輪 というのが適切な表現

一般市民は競技場になかなか入れず 当然テレビで見るわけですが

そこに映るのは 中国の代表選手の活躍と

バスケとサッカーと観覧している政治家の姿

メダル騒ぎをしてばかりの人たちも どうかと思いますが

そんな生ぬるいレベルではない国威発揚が2週間にわたり繰り広げられました

また

各施設で活躍したボランティアはほとんどが良家の子女で

名門大学&大学院のエリートたち

無邪気で献身的に働いている学生たちも多かったのですが

彼らがリーダーとなっていくこの国は

これからどうなるのか ちょっと楽しみです

東京オリンピックの後の日本とはまた違った変化を遂げていくと思います

一人っ子政策の影響で中国は超高齢化社会が待っていますし

最後に こんなに見つけにくいブログを最後まで読んでいただいた方

本当にありがとうございました

ご意見ご批判などは スペシャルウィークを迎えた

「荒川強啓デイ・キャッチ!」あてにお送りください それでは失礼いたします

鳥山 穣でした

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江戸しぐさ

TBSラジオ北京オリンピック記者の藤田です。とうとう8月1日から取材にやってまいりまししたが最終日、日本人選手が出場するのは男子マラソンのみですが、私が宿泊しているホテルの前もマラソンコース(およそ25キロ地点)に入っており続々とランナーが軽やかに駆け抜けておりました

Photo でもって、北京最終日でありながら午後には藤田は宿舎近辺をオリンピック選手になったつもりでランニングしてまいりました

はて、皆さんには路上でお互いがぶつかりそうになって同じ方向に避けてしまい、またぶつかりそうになりお互いに苦笑するみたいな経験はされたことがありますよね

そして、傘かしげ= 江戸時代には雨の日に狭い路地などで擦れ違うときに、たとえ自分が濡れてもか傘の滴が相手にかからないように相手と反対側に傘を傾けあった気配り 日本には、今は確かに薄れてきたかもしれませんが相手を思いやり、気を使うことはまだまだ残っているように思います。

でもって、北京の街中を走っていますと、この江戸しぐさとは全く逆と言っていいかもしれません直進している走者(私ですが)に曲がってくる車が全然、止まろうとする気配もなく交差点に突っ込んできます~あと、前から走ってくる自転車等も全く避けようとはしません。

中国に来た当初は、危ない目に何度も遭ってきましたが今日などは、もうそういうものだと理解してしまいました。いろいろな国にはいろいろな慣習に気質があるかとは思いますが、こういう面ではやっぱり日本人で良かったと、単純に思った次第です

このブログですがもう一度、更新させて頂きます

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21日目:終わりました

P8241266_s とうとう最終日

早朝には男子の馬拉松(マラソン)が行われました

女子マラソンは天安門広場から取材しましたが 今回は街の中で取材

P8241249_s P8241253_s 警備もバッチリ 前の日の夜から用意周到でした

北京の警備 基本は「隔離」

1車線くらい一般人と競技エリアを引き離すのは朝メシ前です

この道路 反対側に渡るには1キロほど歩かないと歩道橋がありません

P8241258_s とある国営ホテルの従業員が総出で応援

いろんな人が通るのでアピールの意味もあるそうです

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仕事をサボってみている人も けっこう多い

P8241273_s IBC(国際放送センター)も終焉のムード

TBSラジオのブースも片付けました

P8241276_s 廊下は放送機材をつめたコンテナがワンサカ

奥のほうでは海外の放送局スタッフがサッカーしたりしてます

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放送センター内の店でもスタッフはグッタリです

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閉会式を控えた鳥の巣

後半ユルくなっていた警備も最後とあって気合十分

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鳥の巣の周りにある人口の川も潜ってチェック

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その周りの道路は完全に封鎖 警察と武装警察と軍隊のパレード状態

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北京に滞在中 私の体を200回以上調べた金属探知機

操作はカンタン 手元のスイッチをONにして 体にあてるだけです 

あした東京に戻ります

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2008年8月24日 (日)

ちょいと

TBSラジオ北京オリンピック記者の藤田です。昨日までお世話になった野球会場で1番、ご厄介になった人物をもう一度お話させて頂きます

Photo_6 何度かこのブログに登場を願っております日本代表が試合終了後の公式記者会見で日本語⇒中国語、中国語⇒日本語、ときには英語⇒日本語、中国語もできる北京外国語大学院生の張イくん(イは火偏に夷)です。今回のオリンピックで私が出会った中で、1番日本語が抜群に上手でした、というか日本野球の知識も半端じゃありませんでした。全ての日本の試合を一緒に観ていたのですが、1番驚いたのが以下の私との会話・・・・

予選リーグのアメリカ戦、6回表のアメリカの攻撃で審判がアウトカウントを間違えて3アウトになっているにもかかわらず試合を続行~日本の田中投手が1球を投げたところで、球場が騒然として4人の審判が集まって、アウトカウントを確認してそのイニングが終了する、というお間抜けな状況がありました

藤田 「アウトカウントを野手が間違えるとかはあるけど、審判がアウトカウントを間違えるのは珍しいよね」

張 「そうですね。僕も始めて見ました」

藤田 「フォアボールでフォアボールになっているのに、ピッチャー、バッター、審判がみんな気がつかないこともたまにあったりするけどね」

張 「それはたまに見たことがあります」

藤田 「昔、巨人の吉村がカウント2-4からホームランを打ったことがあるんだよ!」

張 「知ってますよ。20年ぐらい前の広島戦ですよね、確か。東京ドームじゃなかったですよね~ユーチューブで観ましたよ」

藤田 「・・・・」 

とまあ、23歳なのになぜか昔の日本野球にも詳しいのであります

藤田が野球の仕事に携わっている限りは必ず、張くんにはどこかで会うでしょう

ですから、簡単な別れの挨拶で球場ではお別れしました~

そうそう、最後に名古屋に4年間住んでいたから中日ファンだと思われていましたけど、本当は巨人ファンですからね、張クン

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